取調べ受忍義務肯定説の帰結?

池田修=前田雅英『刑事訴訟法講義』(東京大学出版会、2004年)128頁以下
「身柄拘束中の被疑者については、より強制的な取調べが可能なのであろうか。そのような被疑者には取調べ受忍義務があるのであろうか。もちろん、逮捕・勾留されていても、意思に反して供述しない自由は当然に保障されているが、取調室への出頭あるいは滞留を拒むことはできるのであろうか。
 被疑者は犯罪の嫌疑があるものとして拘束されており、しかも、取調室には捜査機関しか立ち会わないので、取調べが強圧的になる危険性を常に孕んでいる。そこで、刑訴法は、強制、拷問等による自白の証拠能力を否定するなどして(法319Ⅰ)、自白の強要を防止しているが、より直接的に、身柄を拘束された被疑者の取調べを規制すべきであるという意見も強い。弾劾的捜査観を強調する極端な見解は、捜査官による被疑者の取調べを全面的に禁ずべきであるとする。
 しかし、法198条1項は、『犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる』として被疑者の身柄拘束の有無に触れず、但書で被疑者が逮捕又は勾留されていない場合について規定していることから考え得ると、身柄拘束の有無を問わず、被疑者の取調べ自体は肯認しているようにみえる。ほかに、取調べが事実上できなくなるような規制もない。
 そこで、『被疑者は捜査機関と相対立する一方当事者であり、相手方に協力すべき義務はない』として身柄拘束中の被疑者の取調べを限定しようとする説は、取調べは不可能ではないが被疑者はこれを拒否できるとする取調べ受忍義務否定説を主張する。これに対し、取調べはできるし、被疑者もこれを受忍しなければならないとする受忍義務肯定説が、判例である。法198条1項但書が『被疑者は、逮捕又は勾留されいる場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後いつでも退去することができる』と定めている以上、拘束された被疑者は出頭を拒んだり随時退去することはできず、取調べを受忍する義務があると解するのは、ごく自然である。
 これに対し、受忍義務否定説は、法198条1項の『逮捕又は勾留されている場合を除いては』の部分を、『拘束された被疑者が取調べのための出頭を拒否するのを認めることが、逮捕・勾留の効力自体を否定するものではない趣旨を注意的に明らかにしたにとどまるもの』と解するのである(平野106頁)。被疑者の拘束から取調べ目的をできる限り排除すべきであり、強制処分は捜査機関ではなく裁判所のみが行い得る処分であるとする発想が根底に存在する。
 しかし、捜査とは本来捜査機関が犯罪事実に関して真相を究明するための手続であって、強制処分が認められるのもその必要性があるからであり、その範囲で強制処分権限は捜査機関にも与えられており、人権保障の観点に基づく司法的抑制の枠内で行使することが認められているのである」

取調べ受忍義務肯定説による説明である。1つの立場であろう。少なくとも、取調べ禁止説よりは説得的である。
だが、しかし。
肯定するならば、その先を考える必要がある。例えば、取調べ受忍の限度はどこまでか。考えられる帰結として、①取調べにも事件単位の原則を及ぼすのか(そうなると、逮捕・勾留中における余罪取調べには、受忍義務はないということになる)、②それとも「関連のある事件」については、取調べ受忍義務があるといえるのか、③逮捕・勾留されている以上、捜査機関が取調べの必要があると判断した場合は、全ての事件について受忍義務かあると言いうるのか。
①説であれば、いわゆる(本件の取調べを目的とした)別件逮捕・勾留は全て違法となろう(被疑者が自発的に別件について供述した場合は除かれようが、そのような場合は、裁判上問題となることはないだろう)。しかし、「取調べ」に事件単位の原則を及ぼすという解釈が成り立つか疑問であるし、現実的にも採用されないだろう。③説であれば、余罪取調べは無制限となり、別件逮捕・勾留という概念それ自体が否定されよう(もちろん、別件それ自体に逮捕・勾留理由が欠如している場合は除く)。このような解釈は、捜査機関にフリーハンドを認めることになり、捜査機関は喜ぶだろうが、理論としては疑問である。②説はバランスがとれていようが、判断基準が不明確となろう。
そう考えると、取調べ受忍義務肯定説は、やはり問題を抱えた説であると言わざるを得ないと思う。

※なお、池田・前田本の「これに対し、取調べはできるし、被疑者もこれを受忍しなければならないとする受忍義務肯定説が、判例である」は、平成11年3月24日の大法廷判決(刑事訴訟法判例百選36事件)の「捜査権を行使するためには、身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、憲法はこのような取調べを否定するものではない」の部分を指していると思われるが、これは取調べ禁止説を否定したに過ぎないと思われる。また、同判決は「身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでない」とも述べている(池田・前田本はここを根拠にしている可能性が高い)が、微妙な表現(「解することが」という表現)であり、かつ、これは傍論のように思われる。したがって、「判例は、取調べ受忍義務を認めた」と言い切るのは躊躇を覚える。

※参考文献:酒巻匡「刑事手続法の諸問題 供述証拠の収集・保全(3)」法学教室290号77頁以下。明晰な分析が光る論稿である。
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by meronpanss | 2006-04-08 16:17
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