「『この点』なんて表現を使わないでくださぁぁぁぁぁい!!!」

さっそくセカチュー風に。

今日もいとう先生のホームページから。

9月16日付けの「今日の学問的功績と私生活」より
「やはり気になる「この点」:やはり気になってしまう、接続詞(?)「この点」(もともといとうも京大のS先生にこの話を聞いて意識するようになったのだが)。学者や大学院生の論文や判例評釈にもしばしば出現するようになっている。心なしか、若い人の方が不自然に多用するように思う(何の影響かは明らか)。「この点、」と書かなくても意味が通じるのに書いている箇所、別の接続詞の方が適切なのに「この点、」と書いている箇所に出くわすと、「この人は頭が悪いんだな~」と思ってしまう。いとうは「この点」を接続詞として使ったことはありません。「それは趣味の問題」「学生がそういう答案を書いていれば減点すれば済む問題」との声もあるようだが、接続詞「この点」を安易に使うことによって学生(や学者)の論理的思考能力・文章作成能力が低下させられてしまうことが問題なのだ。ただでさえ日本語は不明確・不正確な表現に満ちている(by 川島武宜)のに」

※なお、9月16日を過ぎるとトップページから削除されると思うので、http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/8667/gakumon-private/04.09.htmlの9月16日のところを参照して欲しい。

私も同感である。「この点」なんて接続詞は存在しない。しかも、「この点」は文章をあいまいにするだけである。

私が同時に気になるのは、「思うに」、「かかる」、「けだし」。これらは日本語的に間違いではないが、いかんせん古すぎる表現である。通学校で、60を過ぎた先生が、「思うに」、「かかる」、「けだし」という表現があるレポートをみて、「こんな古くさい表現をなんで使うのか」と驚いていた。

これらについては、「判決文の表現じゃないか~」という反論があるだろう。しかし、そんな古くさい表現を使う裁判所の方が不適切だと私は思う。また、「この点」という言葉については、そもそも裁判所は接続詞として使ってはいないはずである。

ただし、現行司法試験における論文試験では、これらの表現は定番だろうし、この風潮は続くだろう。(自称)「模範」答案の類には、「思うに」、「かかる」、「けだし」、「この点」のオンパレードある。また、答練(模擬試験)で、「私が思うに」、「このような見解」、「なぜなら」という表現を使ったら、「思うに」、「かかる見解」、「けだし」という表現に訂正させられるだろう。どうも予備校の人間や一部の受験生は、「思うに」とかという表現を使わなければ、合格できないと思っているようである。

現行司法試験の世界は変わらないかも知れない。しかし、法曹養成の制度は変わった。良かれ悪かれ法科大学院&新司法試験の時代である。法科大学院の試験答案・レポート及び新司法試験の答案からは、「この点」、「思うに」、「かかる」、「けだし」という表現を使うのはやめようではないか。もし、これらの表現が答案・レポートからなくったとしたら、それだけで司法制度改革は成功したと言っても過言ではないだろう。言い過ぎか。
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by meronpanss | 2004-09-17 02:47
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